God only knows

NO L'Arc, NO LIFE!

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今日って(もう昨日です)節分だったのか…。恵方巻きを食べなかったのはもちろんのこと、豆もまいてはいません。ああ、鬼は追い出さないといけなかったのに。

そういえば、節分の日は全国で「鬼はー外、福はー内」ってのが叫ばれますが、それで追い出された鬼を迎えるところもあるとか。苗字に鬼がつく家も、鬼は追い出さないらしい。なるほど。

引きこもっている(レポートのせいでね)上に、ニュースもろくに見ていないので、まったく世間から取り残されています。もうだいぶ隔絶されたイメージだったけど、よく考えたら昨日は学校だったんだよね。だからちゃんと朝から起きて、ニュースも見たんだよ。おかしいなー。

そんな今日は、パースが一段落ついたので、締め切りの早い比較思想のレポートのため、昼間からずっと聖書物語を熟読。

イエスとブッダの生涯を比較したいと思っているので、とりあえず新約のほうを読んだのだけど、これがなかなかおもしろい。途中から急にイエスのすることはすべて「~された」と敬語で書かれているのに多少辟易はしたけれど、それも慣れました。長い物語だから。

講義ではどう生きたかよりも、どんなこと(奇跡と呼ばれるようなこと)をしたかとか、なにを言ったかとかが中心だったし、そうやって教わったことくらいしか予備知識もなかったから、意外な部分も結構あり。

イエスは自分の不思議な力を、飲み足りない婚礼の客たちに役立てるためのものだとは思わなかったのに、母に言われるまま水がめの水をぶどう酒に変えたり、自分が捕らえられる夜になって、「あなたの思し召しならば、この苦難を取り除いてください」と祈ったり、人間的な部分もあったんだなと。

こう解釈するのは(キリスト教的には)もしかしたらまちがっているのかもしれないけど、わたしはそう思ったんですね。だからと言って親しみを感じるとかいうわけではもちろんないけど、人間イエスを読むのはなかなか興味深いことでした。

役人が、自分の息子が死にそうだから助けてくれとイエスをたずねるくだりでは、JESUS CHRISTを思い出し、最後の晩餐で、何度も繰り返し「父のみもとへ行くのだから」と言っているのを読んではFAITHを思い出し、HYDEが「おとうさん」と言ったときのこと(MADE IN HEAVENのとこです)を思い出し、なにかと思考が妨げられる(笑)

役人の話のときは、なにに感情移入したのか、なんだか泣きそうになった。JESUSが自分の中で急にリアリティを持ったのかもしれない。HYDEが言うように、わたしみたいな「若い子」は(笑)、愛がいったいどういうものなのか、たぶんわかってないんだと思う。

わかってないから、CDを聴いているかぎりはそこまでの感情移入はできないんだけど、ライヴのとき、本人が目の前で歌ったときは“くる”んだよね。彼にはきっとリアリティがあるから。そしてそれを表現する術を知っているから。

FAITHというアルバムを、そしてそれを引っさげて回ったツアーを通して、あの人はかなり表現力を身につけたとわたしは思っているんだけど(それまでよりもさらに、という意味)、それがこれからラルクで遺憾なく発揮されるのかと思うと、楽しみで居ても立ってもっていう感じですよ(笑)昨年のドームで、すでにその片鱗を見せつけられているからね。

あれ、なんの話だっけ。まあいいや。いつものことです。さて、次は釈尊の生涯を読まないと。












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