God only knows

NO L'Arc, NO LIFE!

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文章を書くにあたって、気分がのるとき、のらないとき、ありますよね。わたしは結構ムラっ気があるので、たびたびこの差に苦しめられます。読んでいる人にはそれほどわからないと思うんだけど(今日おもしろいな、とか、いまいちだったな、という程度で)、自分としてはかなり苦しいものがあったり。

このブログがまず、そう。毎日書こうと思うものの、自分ではっきり“つまらない”と思う日はやっぱり書きたくない。前はそれでもテンションを上げて書いたりしていたんだけど、最近は無理するのをやめました。だから今月はちょっと記事が少ない。

レポにもそのムラが現れるので、これが実はいちばんいやなところ。ブログは記事がすぐ流れるからいいけど(自分の精神衛生的にも、見る人にとっても)、レポはいつまでもアクセスがあるし、自分でも読み返す確率が高いから。

これは自己満足にすぎないんだけど、昨年書いた1,113KBのレポ(笑)のうち、いま見ても「よくできた」と思うのは、acidの大阪、L’Anniversaryの初日かなー。あんなに書いたFAITHは…うーん。「まあまあ」なのは、岡山かな。レポの出来は、ライヴの出来ともちろん無関係ではないです。ないけど、それがすべてでもない。

書くときに体調がいいか悪いか、気分がいいか悪いか、とはあまり関係がない気がする。頭痛がひどいとき、腹痛でうなってるときにいいものが書けないかといえば、そんなことないんですよね。不思議なことに。

だからその「いい」タイミングに合わせるのがすごく難しい。はいどさんが、いい詞が降りてくるときと、そうじゃないときがあるって言ってますよね。文章も同じで、わたしはずっとこの「降りてくるもの」のことを「ミラクル」と呼んでたんだけど(笑)、それが多いか少ないかで、出来を判断しますね。自分では。読んでる人はまたちがうんだろうけれど。

そういえば今年は元旦に、高1のときの担任の先生から、高校の封筒でなにかが送られて来たんですよ。なにかと思って開けたら、そこには「5年後の私」という題で書いた作文が…!(笑)ちょうどそれから5年だからと、先生が卒業のときに返さずに、持っていてくれたみたいで。そんなことすっかり忘れてたからびっくり。

いっしょに1年を振り返る内容の作文も入っていて、この出だしに自分でびっくりして大笑いです。おかしすぎてオフでは誰にも言ってないんだけど、「私は中学に入学したときのことをよく覚えていない」……えーと、どうした?みたいな(笑)まあつまり、高校に入学したときのことはすごく鮮明に覚えていて(1年前のことはそうそう忘れないと思うけど)、今年1年はとても楽しい高校生活だった、というようなことが書いてあるんですけどね。

「5年後の私」の方は、自分がなりたい職業について調べた機会に書いた作文で、横にそのなりたい職業が3つぐらい書いてあるんだけど、全部ものを書く職業。作家と翻訳家と雑誌ライターだったかな?それになった(またはなろうとしている)自分について当然書いてあるんだけど、その中に、「学校という体制」云々、と書かれていて、またひとりで爆笑。わたし自分ではおとなしい、反骨精神のかけらもない人間だと思っていたんだけど、かなりとがった高校生だったらしい(笑)

その後、今度は成人式のときに、小6のときタイムカプセルに入れた「20歳の私」への手紙を渡されて、また吹き出す(おめでたい正月です)。想像していたとおりの、子どもらしい、少々優等生っぽいことが書いてありました。小学生のときはこうだったということは、中学でなにか転機があったんだな、わたし(笑)

いまはずいぶん丸く、穏和になったなあと思います。感覚が鈍くなっただけじゃないか、という気もするんだけど。これが大人になるってことか、と思ったり思わなかったり。少なくともいまは、高校生の頃のように、湯水のようにアイディアが浮かぶとかいうことはなくなってしまった。生きやすくなったけど、つまらない人間になったな、とたびたび思う。

今日は2つ話題があるけれど、文章つながりということでどうかひとつ(笑)












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